日の出在住 70代男性 震災体験談(震災当日の出来事)
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日の出在住 70代男性 震災体験談(震災当日の出来事)
PDF版
インタビューを書き起こした記録です。
コンテンツ番号 UT00000151
説明・要約
 ●窓から外を見ていると瞬く間に道路が水浸しに
震災当日、私は自宅にいました。実は震災に遭った前の年の10月にガンが発覚し、家で静養しながら次の手術に備えていたときでした。ちょうど妻が出かけようとしていて、私は妻の代わりに夕食用の切干大根やサバの味噌煮を作っていました。大きな揺れが来たのは、ちょうど火を消した直後でした。自宅は団地の4階にあるのですが、階段を下りかけていた妻はびっくりして戻って来ました。
突然の揺れにびっくりし、必死で本棚を押さえていたのを覚えています。しばらくすると、 突然地鳴りのような妙な音が聞こえてきました。窓の外を見ると、道路を泥水のようなものが川のようになって流れているのが見えます。今度は、真下から轟音が響いてきました。 何事かと思っていると、まるで噴水のように地面から泥水が噴き出しています。見ている間にあたりは水浸しとなり、駐車場の車はタイヤが半分ほど埋まった状態になっていました。
●液状化で地盤が沈下
阪神・淡路大震災以降は埋め立て方法が変わり、海側は地震が発生することを踏まえ、しっかりと埋め立てられていました。それで海側はそれほどの被害を受けることはありませんでしたが、逆に内陸側の阪神・淡路大震災以前に埋め立てた土地は液状化の被害が激し く、いたるところが陥没してしまいました。
私が住んでいるエリアの道路は 20〜30cm くらいの地盤沈下です。建物も浮き上がった状態となり、ひどいところは 70cm ほどの段差ができてしまいました。私の家の周囲は、45cmぐらいの沈没だったでしょうか。
●自治会の対策本部ができ、さまざまな通知を伝達
地震発生後、すぐに水、ガス、下水は使用禁止との連絡がきました。地震が発生したのは、午後の2時45分頃だったかと思いますが、4時ぐらいにはすでに自治会で対策本部を立ち上げ、さまざまな通知をしてくれていたと記憶しています。
発生後の対応に追われながらも、近くに住んでいる長女が気になりました。娘は仕事に出ており、孫が保育園で娘の迎えを待っている状態のはずです。できれば早くに迎えに行ってあげたいと思ったのですが、車を出そうにも出すことができませんでした。というのも、 団地の周囲の道路は、まるでプールのような状況になっていて、とてもではありませんが、 歩くことはもちろん、車を出せるような状況ではなかったのです。